人は、ときに無力で

この頃、自分自身でどうすることもできなくて、落胆する機会が増えました。ある時は自分の知識のなさに失望し、ある時は準備が至らず、またある時はより良い方法があるのに一歩を踏み出すことができなかった。目の前で、そんなはずじゃなかったのにと思わざるを得ない状況が、また今も起きようとしています。

人は、ときに無力で
最善を尽くすことができず
気がつけばどうしようもない状況に置かれ
ただ見ていることしかできない
そんなはずじゃなかったのにと
いくら手を伸ばしても
きっとそれは届かない
ただ呆然と見ているだけ

僕は昔、高校2年のときにこんな話をしたことがあります。きっと誰かの言葉の引用だったと思うけど「絶対という言葉はない。あらゆる可能性がある」というような趣旨の内容。当時は本当にそのことを信じていて、同じ人間なんだから他の人にできることはどんなことでもできるんだと思ってたけど、実際はそうでもなかった。大人になって分かることもあると誰かがよく言うけれど、それは本当だった。どうしてそんなこと今まで気づかなかったんだろうな。ちょっと考えれば分かることなのに。

将来の可能性という光に目がくらんで、本当に歩むべき道が見えていなかったのかも。光を追うだけでは前には進めない。道のりは険しいかもしれないけど、自分の足で歩いていかないと。今の自分には前は見えないけど、覚悟を決めたら見えてくるかな。どんな道かは分からない、でも自分の道があるならどんな道でも。

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このページは、tetsuが2006年9月13日 01:51に書いたブログ記事です。

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